蜷川幸雄さん死去

演出家・蜷川幸雄さんの訃報が5月12日届いた。蜷川さんは昨年12月半ばに軽い肺炎を起こし入院。現場復帰を目指し強い意志のもと治療とリハビリに励んでいたそうだが、12日午後1時25分に肺炎による多臓器不全のため亡くなった。80歳だった。
通夜は15日午後6時、告別式は16日正午より東京・青山葬儀所にて執り行われるそうだ。喪主は妻の宏子さんが務めるという。
西洋の古典であるシェイクスピア劇やギリシャ悲劇を、日本で生まれ育った者の感覚で読み解き、大胆に視覚化した蜷川氏。「マクベス」は仏壇の中、「テンペスト」は佐渡の朽ちかけた能舞台の中で演じられた。「王女メディア」の嘆きには津軽三味線の音が寄り添った。
目指したのは、日本人が演じ、見て、恥ずかしくない舞台。戯曲から普遍性を引き出し、アジアの民衆の記憶と交差させ、自分が納得できる表現を探った。
これは当初、西洋に規範を置く評論家らに批判されたそうだ。しかし観客は舞台の面白さを支持した。戯曲の本質を射抜き、アジアの美意識で彩る舞台は海外でも高く評価された。英国をはじめ、各国に繰り返し招かれ、ファンを広げていった。作品の力が蜷川さんを「世界のニナガワ」に押し上げた。
70歳を超えてからも延べ100本を演出。高齢者劇団では、市井の人々の老いを「表現」に昇華した。
口癖は「枯れた老人にはならない」。理想を追う意志が、弱ってゆく体を鞭打ち、走り続けた。酸素吸入、車イスで稽古をした15年春の「リチャード二世」では、和服の衣装、約60人の老人と若者が踊るタンゴ、海を表す巨大な布、空飛ぶ王冠など、蜷川演出の精髄である多彩なイメージを繰り出した。
長女で写真家の蜷川実花さんは自身のインスタグラムに格子越しに撮った花の写真を投稿。「今日、父が逝ってしまいました。最期まで闘い続けたかっこいい父でした。父の娘でいられたことを誇りに思います」と書き込んだという。
蜷川さんが残した功績はとても大きく輝かしいものだ。心よりご冥福をお祈りいたします。